
「登山を、してみようかな。」
その言葉は、ふしぎな響きを持っていた。
思い立って、検索をかける。「初心者 登山 関東」──幾つかの候補の中で、ひとつの名前が目に留まる。
埼玉県日高市にある「日和田山(ひわださん)」。標高305mの、誰でも登れるような小さな山。けれどその山は、初めての登山者にこそふさわしい、豊かな表情を隠していた。
スニーカーで登れる、はじめての「登山体験」

「まずは、登ってみよう。」
そう決めたとき、私はまだ登山靴も持っていなかった。だからこそ、スニーカーで登れる山を探していた。ネットで見つけた「日和田山」はまさにそんな人にぴったりの山だった。
登山道は整備されていて、子どもを連れた家族や犬を連れて歩く人も多い。
高麗駅(こまえき)から歩くこと20分。舗装された市街地を抜けると、静かな山の空気が流れはじめる。日和田山は、登山初心者の「最初の一歩」にふさわしい場所だった。
登山初心者におすすめ!1時間の小さな冒険

高麗駅(20分)→登山口(30分)→日和田山(30分)→登山口(20分)→高麗駅

登山口にたどり着き、左へ進んでいくとベンチや東屋、自動販売機、トイレがあり、ゆっくりと準備を整えることができる。
登山道は整備され、木漏れ日の下で歩きやすく、静かな足音が続く。

林道をすすんでいくと、山道は途中で分岐し、穏やかな女坂と、少し冒険心をくすぐる男坂へ。男坂は岩場があり、手を使ってよじ登る感覚がちょっぴり楽しい。軍手を持っていれば安心だが、なくてもなんとかなる。
私は最初、男坂に挑んだ。そこには確かに“山を登る”という実感があった。だが、無理は禁物だ。途中で引き返す外国人観光客の姿もあった。初心者には女坂がおすすめ。それでも十分に、登山の面白さは味わえる。
登山時間はおよそ1時間。ちょうどよい達成感と、息が上がる手前の心地よい疲労感が、山の魅力をそっと教えてくれる。
低山とは思えない景色のご褒美

夢中で岩を登っていくと、ふいに視界が開けた。先ほどまで両手でつかんでいた岩肌の先に、金刀比羅神社の鳥居がぽつんと立っていて、その向こうには街と田園が織りなす穏やかな風景。
岩の縁には、リュックを枕に寝転ぶ人や、お弁当を広げる親子連れが点々といて、それぞれがこの光景に溶け込んでいた。
そしてもう少し登ると、木々の合間から市街地がちらりと顔をのぞかせる山頂へ。ここにもベンチがあり、木陰に風が心地よい。標高305mとは思えない、贅沢な眺め。
初心者でも気軽に登れるのに、こんなに多彩な表情を見せてくれるなんて──「日和田山、やるなぁ」と、つぶやいてしまった。
登山帰りにカフェでひと息

そしてもう一つの楽しみが「登山後のごほうび」。日和田山の登山口からさらに20分ほど歩いていくと、「Cafe 日月堂」へたどり着く。
古い日本家屋を改装したこのカフェは、入口から見ただけでは想像がつかない奥行きを持っている。中へ入ると、広々としたウッドデッキのテラス席が現れる。木々のざわめきと光の揺れが、そのまま席の背景になるような、そんな空間だ。
注文したのは「コッパとクリームチーズのフレッシュベジタブルサンドイッチのプレート」。石窯で焼いたという自家製のパンには、新鮮なレタスやトマト、ゆで卵にクリームチーズが重なっている。
そして、コッパ。コッパは生ハムのようなサラミらしい。塩気が効いていて、下山後の疲れた体にすっと染み込んでいく。
人気のある店なのだろう。昼下がりにもかかわらず、店内はひっきりなしに人が出入りしていた。
聞けば、石窯ピッツァとカレーはすでに売り切れとのこと。
それを聞いて残念というよりは、「また山に登る理由ができたな」と、静かに思う自分がいた。

もう少し気軽に、電車を待つ間に立ち寄れる場所もある。
高麗駅前の「Cawaz go」という施設に入っているカフェ「DELICA TEN・SEN」では、地元野菜をふんだんに使った米粉のピッツァが食べられる。トッピングされた季節の野菜はどれも新鮮で、焼きたての熱とともに口の中で野菜の甘さが弾ける。
そして、自家製レモネードのキリッとした酸味が、下山後の締めくくりにちょうどいい。
スイーツもいくつか並んでいて、プリンやケーキなど、どれも手作り感のある素朴なものばかり。次に来たときは、甘いものを目当てに立ち寄ってみようかな、なんて考えているうちに、電車の発車時刻が近づいていた。

秋の「巾着田曼珠沙華まつり」もおすすめ


9月から10月中旬にかけて、このエリアは真紅の花で染まる。「巾着田曼珠沙華公園(きんちゃくだまんじゅしゃげこうえん)」では、一面に広がる曼珠沙華(彼岸花)が訪れる人を幻想の世界へと誘う。日和田山の登山口からも歩いて行けるので、季節のハイキングとして組み合わせるのもおすすめだ。
ただし、見頃の週末はかなり混雑する。訪れる際は、朝早めの時間帯を選ぶのが賢明かもしれない。

春には桜と菜の花が咲き乱れ、季節ごとにまったく違う表情を見せてくれる。
まとめ:日和田山は、登山初心者にとっての扉
山に登るということは、ちょっとした冒険に似ている。けれどその冒険の最初の扉が、優しくて、楽しくて、美しいものであればあるほど、人はまた山を恋しく思うようになる。
日和田山は、そんな扉になってくれる山だ。スニーカーでも登れる手軽さ、1時間の登山で得られる達成感、駅からのアクセス、そして美しい景色と心ほどけるカフェタイム。
もし、あなたが「登山、してみようかな」と思ったその瞬間があるなら──最初の一歩は、きっとここから始めてみるのがいい。
日和田山 登山 初心者におすすめの山。埼玉で手軽に絶景を楽しむ旅、始めませんか?
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