
最初にこの山の姿を目にしたとき、私は言葉を失った。
ごつごつと天へ突き上がる岩壁。切り立った輪郭。あの山は、生きている。いや、そこに長い時をかけて座す“砦”のようなものだった。

瑞牆山(みずがきやま)標高2,230m。
山梨県北杜市、奥秩父の西端に位置し、日本百名山・山梨百名山の一つに数えられる名峰。
その全容が花崗岩でできているというだけで異質なのに、実際に登れば、それはまるで“岩場のアスレチック”だった。
瑞牆山荘から富士見平小屋へ
瑞牆山荘バス停(60分)→富士見平小屋(2時間10分)→瑞牆山(1時間45分)→富士見平小屋(40分)→瑞牆山荘バス停
アクセスはJR中央本線・韮崎駅からバス(みずがき田園線)に揺られ、「みずがき山荘バス停」で下車。冬季は運行していないため、茅ヶ岳みずがき田園バス総合案内のページを要チェック。
週末には登山者に大人気のバスだ。
瑞牆山荘の駐車場も約100台ほどあるが、土日やハイシーズンは早朝から埋まってしまうこともあるので注意が必要だ。

瑞牆山荘バス停そばにはトイレ(協力金100円)があり、登山前の準備が整う。

瑞牆山荘からは、しばらく林道を歩いて富士見平を目指す。
歩き始めてすぐ、道の脇に不思議と巨大な岩が点在し始める。
花崗岩の山に向かっているのだという実感が、徐々に足元から湧き上がってくる。

やがて木々の間から、唐突に現れるのが瑞牆山の山容だ。
岩の柱のような山。視線を奪う迫力。
そこには特等席のようなベンチがあり、いつもここで私は一度、足を止める。
「本当に、あそこに登るんだろうか」と、胸の奥に小さなざわめきが生まれる。
富士見平小屋、百名山をつなぐ分岐点

そこからさらに数分で、富士見平小屋へ。
ここは瑞牆山と金峰山(きんぷさん)、二つの百名山を分ける分岐点であり、週末ともなればテントが所狭しと並ぶ人気のテント場でもある。

小屋にはテーブル・ベンチ・トイレがそろい、登山者たちの憩いの場となっている。
ここで一息つき、荷物を整え、小屋の左手へ進めば瑞牆山への登山道が始まる。
渓流と桃太郎岩、異界への門
小屋を過ぎると、道は一転して下り基調となり、やがて水音が近づいてくる。
季節や天候によって表情を変える沢を渡る。
水量が多ければ慎重に、少なければ涼やかに。自然の変化を肌で感じるひとときだ。

そして目の前に現れるのが、伝説のような存在――桃太郎岩。
巨大な岩が、まるで包丁で切られたかのように真っ二つに割れている。
この世に桃太郎が50人いたとしても足りないようなスケール感だ。
自然の造形とは、かくも荒々しく、かくも完璧である。
鎖と梯子、岩の道はまさにアスレチック


桃太郎岩の右側に設置された階段から、いよいよ本格的な登りが始まる。
岩をつかみ、鎖を握り、時に梯子を登る。
ここから先はまさに“岩場のアスレチック”。足を大きく上げ、全身を使って登っていくこの行為は、なぜか楽しい。
ひたすらに岩を登る中でも、意外に木陰が多く、夏場には救われる。
そして登って登って、先に空の気配が見えてきたと思えば――そこが瑞牆山山頂だ。
瑞牆山 山頂、砦の先にあった世界

山頂は狭く、花崗岩がむき出しの岩場になっている。
けれど、そこから見える景色はまさに“ご褒美”。
南アルプス、富士山、八ヶ岳、金峰山、そして眼下に広がるのは深い緑の山並み。
そしてなによりも目を引くのが、ローソクのようにすっと立つローソク岩。
その特異な形は、遠くからでもすぐにわかる。正式名称 「大ヤスリ岩(おおヤスリいわ)」。瑞牆山を象徴する花崗岩の奇峰で、クライマーにも非常に人気があるようだ。
ちなみに、朝 瑞牆山荘の前でロープを装備した数人の登山者グループを見かけた。
おそらく、彼らはこの大ヤスリ岩や、周辺の岩場でクライミングを楽しむ人たちなのだろう。

山頂の景色に、それぞれの登山者たちが歓声をあげ、静かに腰を下ろし、空を仰ぐ。
自然の造形が織りなす壮大な風景のなか、私は、おにぎりを一つ取り出し、景色に乾杯するように、静かにかじった。
それは、今日この場所まで登ってきた者だけが味わえる、確かな“時間”だった。
下山と余韻、富士見平小屋の贅沢時間
山頂を後にするのは、いつだって少し名残惜しい。
けれど、下山もまた岩の道。気を抜けばすぐに滑る箇所もあるので、鎖や岩の感触を確かめながら、一歩一歩を丁寧に。
無事に富士見平小屋まで戻ってくると、そこに広がるのは“ほっとする空気”。
まだ時間があった私は、小屋で少し贅沢をすることにした。


アンチョビとオリーブのピザ、ズッキーニとしめじの季節のパイ、瑞牆ビール。
どれも登山後の体にじわりと染み込む、格別の味だった。
富士見平小屋のクラフトビール「瑞牆ビール」は、すっきりと軽やかで、標高と風とともに飲むにはちょうどよかった。
瑞牆山荘に戻ってもうひとつの締めくくり
富士見平から瑞牆山荘へは約40分。
下山の林道を歩いていると、行きに見た“瑞牆山のビュースポット”に差しかかる。
朝は朝日を浴びて眩しく輝いていたあの岩山も、今は太陽の位置が変わって、少し落ち着いた表情でそこに立っていた。
同じ山なのに、こんなにも印象が違うなんて不思議だ。
その砦のような山容を見上げながら、「本当にあそこまで登ってきたんだな」と思うと、じんわりとした感慨が胸に広がる。
汗と達成感を連れて、今日の登山をやさしく包み込んでくれるようだった。
瑞牆山荘はカフェ・レストランにもなっており、下山後の食事にもぴったり。
以前訪れたときに食べた生姜焼きとコーヒーフロートの味が蘇る。
そう、ここでは登山の最後の一杯までが、旅の一部なのだ。
まとめ|瑞牆山は、岩と空と物語のある山

瑞牆山は初心者から中級者におすすめの岩場登山コース。
鎖場や梯子などが多く、登りごたえはあるが、歩行距離や高低差は適度で、登山のステップアップや岩場デビューにも最適な山だ。
それにしても、普段の登山とは少し違って、岩をつかみながら腕で体を引き上げたり、足を大きく高く上げる動作が多かったせいか――翌日は脇の下や太ももの前側など、いつもは感じない場所が筋肉痛になっていた。
まるで“全身で登った”証のようで、ちょっと誇らしくもある。
【アクセス情報】
- 瑞牆山荘:JR甲韮崎駅からみずがき田園線のバスで約80分。(時刻表を要チェック。冬季は通行止めになるので注意が必要。)片道2,300円、ICカード精算システム使用不可。PayPayなどの一部キャッシュレス決済対応。みずがき山荘バス停では、一部の通信会社(ソフトバンク)がつながりにくいことが判明しているようなので、現金を用意していくと良い。(2025年7月現在)
- 瑞牆山荘駐車場:約100台収容の無料駐車場あり。ハイシーズンの週末はすぐに満車になるため注意。
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